e農家の「収入保険」導入へ

  • 2017.08.21
  • 情勢/解説
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公明新聞:2017年8月21日(月)付



公明推進で19年産から



農家の経営安定対策として公明党が提案してきた「収入保険制度」が、2019年産の農産物から実施される。先の通常国会での改正農業災害補償法の成立によるもので、政府は、制度の周知徹底を進めている。この保険制度の仕組みや導入の背景を解説するとともに、政府の検討会議で委員を務める東京大学大学院農学生命科学研究科の中嶋康博教授に制度の意義や課題を聞いた。


価格下落時の損失補う


概要


収入保険制度は、自然災害による収量減少に加え、豊作で農産物の市場価格が下落した際、収入の減少分を補てんする新たなセーフティーネット(安全網)だ。農家が自らの経営努力では回避できない価格低下などのリスク(危険)に対して、収入を下支えすることで経営の安定を後押ししていく。

対象品目は、コメなど全ての農産物とし、農業共済制度など既存の補償制度では対象とならない露地野菜や果樹などもカバーする。加入できるのは原則、5年間継続して青色申告(簡易な方式を含む)を行っている農業者(個人と法人)だが、実績が1年であっても認めるとしている。

補償内容は、農業者ごとの過去5年間の平均収入を基準収入として、その8割台を確保できる仕組みを設計。財源は、国と農家が拠出する保険金と積立金を充てる。

補償限度額と支払率(9割が上限)は、農業者が保険料負担を考えて補償内容を選択できるようにするため、一定の上限の下に複数の選択肢が設けられている。例えば、補償限度額を基準収入の9割に設定した場合、その金額よりその年の収入が下回れば、支払率に応じた補てん金が支払われる。基準収入の1割までの部分は自己責任として補償対象外となる。

収入保険への加入は農業者が任意に選択できる。補てん金の財源は保険方式(保険料掛け捨て)と積み立て方式(繰り越し可能)を併用し、保険料の50%と積立金の75%は国庫補助で賄う。また、コメや畑作物を対象として収入減を補う収入減少影響緩和対策(ナラシ対策)など既存の類似制度は維持され、農業者はどちらかを選択して加入することになる。

収入保険の加入申請の受け付けは、2018年秋から実施される予定。これまで青色申告をしていなかった個人の農業者が、19年から加入を希望する場合、17年分(1年間)の農業所得について青色申告を行わなければならず、翌18年の確定申告期限までに税務署での申請が必要となる。


これまでの「共済」には限界


背景


収入保険制度導入の背景にあるのは、農家や関係団体から、農業共済の見直しを求める声が上がっていたことだ。古くから農家の経営安定に貢献してきたが、自然災害による収量の減少を対象としており、市況の変化で作物の価格が下落した場合には適用されない。対象品目も限られ、農業経営全体を見据えた支援策としては十分ではなかった。

こうした問題意識から、収入保険の導入について公明党が2010年以降の国政選挙で重点政策に掲げ、国会質問でも積極的に訴えてきた。これが後押しとなり、政府は13年にまとめた農政改革の一環として導入を検討する方針を決定。14年度から導入に向けた調査・検討に着手し、毎年度、関連予算を計上して保険料水準の設定など具体的な制度設計に取り組んできた。

また14年に成立した改正担い手経営安定法の附則には、公明党の主張によって、法施行後3年をめどに農産物収入の著しい変動が農業経営に及ぼす影響を緩和する施策のあり方について、農業共済制度を含めて検討し、その結果に基づいて必要な法制上の措置を講じると規定された。

政府は昨年11月、農家の所得向上などを促す「農業競争力強化プログラム」の柱の一つに制度の仕組みを明記。先の通常国会で、制度創設を盛り込んだ改正農業災害補償法が成立した。


制度の意義は


強い農業経営 後押し 食生活の変化に伴う生産品目の多角化に対応

中嶋 康博 東京大学大学院教授に聞く

―収入保険制度導入の意義について。


中嶋康博教授 時代とともに農業経営が変化したことに合わせた措置だ。

特に意欲のある担い手にとって、規模を拡大したり販売収入を増やしたりする中で、市況の変動による作物の値下がりというリスクがつきまとうと困る。人為的にコントロールできない価格面に対応し、所得を補償する収入保険のようなパッケージとしての政策が求められていた。これは、"強い農業経営"をつくる上で欠かせない。

―農業経営の変化とは。


中嶋 コメの消費が年々減るなど食生活での需要が大きく変化し、作物を供給する農家の経営も稲作中心から野菜栽培への比重を増やすなど多角的、複合的に展開されるようになってきた。ただ、政府による収入安定への支援措置は作物ごとに異なっており、支援対象とはならない作物の方が収入の大部分を占める農家も増えてきた。農家の経営全体を支えないと困るとの問題意識から収入保険が出てきたのだろう。

―収入保険と従来の支援制度との兼ね合いについて。


中嶋 既に品目ごとに収入の安定を図る措置があることを踏まえて、それらを組み合わせた複合経営に取り組む農家に目配りしたことは評価したい。一例が畜産と農作物を営む農家であれば、畜産の部分は肉用牛肥育経営安定特別対策事業(牛マルキン)を使って、農作物については収入保険の対象となっていることだ。

一方で、品目が限定されるが、ナラシ対策など既存の支援制度だけで構わないという農家は確かにいる。そうした対策を統合して収入保険に変えていくべきという声もあるが、現段階では乱暴な議論だ。実際に制度の運用を始めてから徐々に問題点を洗い出し、改善の必要があれば取り組んでいけばいい。

―制度の対象者が青色申告を実施する農業者となったことは。


中嶋 農家の収入を正確に把握する必要があるため、納税の際の青色申告を使うのが今回のポイントだ。ただし、青色申告をする農家が少ないことは否めず、制度を運営する上での課題だろう。

とはいえ制度の導入に伴い、農家の収入の増減を把握するために政府が何か別の組織を作ったり、新たな制度を設けたりするのは、コスト面などで難しい。

―収入保険の導入を踏まえ、今後の農業経営で重視すべき点は。


中嶋 農家は当然、良いものを作って売るというプロとしての仕事に懸命だが、農産物の価値が認められて高く売れるかが重要だ。そのために、販売先と事前に品質と価格条件を打ち合わせた上での直接の契約取引を進める事例が増えている。市場取引の中では価格面の不安定性があり、せっかく良いものを作ったのに高く売れなかったりすることがある。政策的な対応として、乱高下する価格面を収入保険で支えることになるが、農家は直接取引も検討してほしい。

―農業の成長産業化をめざす政府・与党に今後、期待する政策は。


中嶋 将来の担い手となる若者世代の農業参入を促す政策は、以前からかなり手厚く取り組んできており、継続してほしい。

収入保険も、新規参入者が抱えるリスクへの備えとして重要だ。そうした若者が儲けを出し、農業を続けようと思ってもらえるようにする政策的な目配りを期待している。


なかしま・やすひろ
1959年生まれ。東京大学農学部卒、同大学大学院農学系研究科博士課程修了。農学博士。東京大学農学部助手、同大学院農学生命科学研究科准教授などを歴任し、2012年から現職。農林水産省食料・農業・農村政策審議会会長。主な著書に「食の経済」(編著、ドメス出版)、「フードシステムの経済学」(共著、医歯薬出版)など。57歳。

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