eコラム「北斗七星」

  • 2017.08.08
  • 情勢/社会

公明新聞:2017年8月8日(火)付



戦争の痛哭と哀切を刻んだ記録である。永井荷風の「断腸亭日乗」(岩波書店)を久しぶりに手にした。今年は、彼がこの日記を起筆して100年の節目に当たる◆1943(昭和18)年の大晦日の条には、「今日の軍人政府の為すところは秦の始皇の政治に似たり」と書き留めた。焚書などの蛮行で専制政治を敷いた古代中国を引き合いに出して、苛政を咎めている。年が明けた1月2日には、文学雑誌の発行を禁止する政府の方針に対し、「思想の転変を妨止し文化の進歩を阻害する」と綴り、書物の取り締まりを強化する軍政を批判した◆同じ頃、欧州では版図を広げるナチスが、征服した国土で書籍を焼き払った。その数は1億冊を超すという。当時の米国のニューヨーク・タイムズはこの暴挙を「文学に対するホロコースト(大量虐殺)」と非難した。洋の東西に関係なく、軍事独裁国家は活字が紡ぐ思想を目の敵にするようである◆今年も広島と長崎の原爆忌、そして「8.15」と続く日々が巡ってきた。鎮魂と追想の時節だが、戦火の中を逃げ回った語り部の声を直接聞く機会は少なくなり、過去は遠ざかる気もする◆しかし、「あの日」の忘却は悲劇への道につながりかねない。歴史や教訓をどのように伝えていくか。ペンの役割と責任が試されている。(明)

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