e東日本大震災6年

  • 2017.03.13
  • 情勢/解説

公明新聞:2017年3月13日(月)付



インタビュー編



首都直下地震や南海トラフ地震などの大災害に備えるには、東日本大震災から学ぶべき教訓が多い。そこで、都市防災、特に首都圏の防災について全日本建設技術協会会長で国土技術研究センター・国土政策研究所長の大石久和氏に、津波対策について東北大学災害科学国際研究所所長の今村文彦氏にそれぞれ聞いた。


都市防災


救援支える道路網拡充を


街路による延焼遮断帯の構築急げ

全日本建設技術協会会長
国土技術研究センター・国土政策研究所所長 大石 久和氏

―首都直下地震などの災害に備える東京都の防災は、東日本大震災以降、どれほど進んでいるか。


大石久和・全日本建設技術協会会長 全体としてここ数年を見れば、まだ不十分とはいえ防災の要となる道路環境は、かなり改善されていると思う。

2月26日にも、首都圏中央連絡自動車道(圏央道)のうち、茨城県の路線が開通した。これで首都圏から放射状に延びる東名、中央、関越、東北、常磐、東関東の6道路が接続され、成田空港まで行くのがかなり便利になった。この道路ネットワークの整備によって、災害時の救援拠点ともなる羽田空港や成田空港などへの路線の代替性が格段に向上した。

災害時には、東京エリアが他のエリアと物資輸送の中心となる自動車交通で結ばれていることが重要だ。東京は環状道路時代の恩恵を受け始めたといっていい。

―都内の道路網の整備はどうか。


大石
災害時に重要な役割を担う環状7号線など主要な路線沿いに、東京都が「木密地域」と呼ぶ木造住宅密集地域が多くある。震災時には同時多発火災が発生するため、「木密地域」は東京都が言うように「最大の弱点」(木密地域不燃化10年プロジェクト実施方針)となる。

東京都は、街路で地域をグリッド(格子状)に分ける方法を計画している。その街路を特定整備路線に指定して延焼遮断帯とする方法だ。街路でグリッドすることで、同時多発火災が起きてもエリア全体が燃えてしまうことはない。

―街路を通すと「地域を分断しないか」との声も上がっている。


大石 ネットワークになっていない特定整備路線は交通量の要請から造られる道路ではなく、延焼を防ぐことが目的であるから、普段から多くの車を通す必要はない。

延焼遮断帯としての街路は道路空間の割り振りを大きく変えて、例えば、歩道スペースを広くとって乳母車や車いすが安心して通れるようにする。そして、車道はいざという時にのみ救急車、消防車、警察車両が通れるようにし、普段は車が通らない空間にすることも考えられる。そうすれば、かつての日本のように住民が街路を挟んで行き来できるようになり、道路がコミュニティー(地域社会)形成機能を持つことになる。地域分断は避けられる。

日本の道路は自動車が都市内に入り込んでくるまでは、必ずコミュニティー形成機能をもっていた。例えば、京都の町衆の祭りである祇園祭を見ても、それぞれの山鉾を管理している町はどこも道路を挟んでいる。道路を挟んでいてもコミュニティーができている。

よく言われるが、日本は広場の文化ではなくて、通りの文化だ。日本では住民が一同に集まれる広場がない代わりに、通りや道路がその役割を果たしてきた。日本は町中の道路がコミュニティーを形成する大きなツール(道具)だった。そこに戦後、自動車が入り込んできて、コミュニティーを分断してきた。

特定整備路線も、「新たなコミュニティー形成機能をこの地域に作ろうとしている」と説明することも大事ではないか。

―防火以外に災害時に道路が果たす役割は?


大石
エリアを孤立させないことが災害時の最も重要なポイントの一つだ。

今は国民も企業も在庫を持たない時代だ。買い置きや在庫は何日分もない。災害で道路が寸断され物流が途絶えれば家庭は一気に食糧難になり、企業は"サドンデス(突然死)"に陥る。災害で一番怖いのはこれだ。コンビニだって頻繁に搬送しているから商品が豊富にあるように見えるだけで、店舗にストックがあるわけではない。こうした脆弱な構造を交通のネットワークが支えている。

―他に東京の脆弱性はないか。


大石
環状道路が整備されてきたこともあって、東京の防災対策は少しずつ向上している。しかし、首都・東京の肥大化がいまだに続いていることは大きな不安要因だ。

1973年の石油危機(オイルショック)以降、東京圏も名古屋圏も大阪圏も人口を膨らませない時期があった。その後、大阪、名古屋には人が集まっていないのに、東京だけに人が集まる時代が始まり、87年にそのピークを迎え、一極集中時代と言われた。当時はまだ総人口が増えていた時代で首都圏に年間18万人が流入した。しかし現在、総人口が減る時代であるにもかかわらず、昨年も一昨年も首都圏に集まってきた人間は11万人もいる。一極集中時代より首都圏の肥大化が進行している。これは東京の脆弱性を高めている。

東京はインフラ(社会基盤)整備が進むことで防災対策や都市の脆弱性は改善されつつある。しかし、これほど首都圏への集中が進むと、首都直下地震によって経済・社会の中枢機能が麻痺し、日本全体のダメージも計り知れない。経済の論理で一極集中が進むのであれば、国家の存続という政治の論理で首都圏の集中に歯止めをかける必要がある。


津波対策


避難計画の策定・訓練 早急に


正確な情報提供が住民意識高める


東北大学災害科学国際研究所所長 今村 文彦氏


―東日本大震災以降の津波対策をどう見るか。


今村文彦・東北大学災害科学国際研究所所長 東日本大震災は、わが国の津波対策のあり方を根底から考え直す契機となった。これまでは、防潮堤などのハード整備が行われ、それを超えるリスク(危険性)が想定される場合に避難態勢などのソフトや、街づくりで対策を補うという総合防災の基本があった。現在も「ハード、ソフト、街づくり」の3要素の重要性は変わらないが、そのバランスが問われるようになった。

この点、政府が震災の教訓を基に、数十年から数百年に1度発生する津波(レベル1)と、1000年に1度とされる最大クラスの津波(レベル2)に分けて対策を進める方針を打ち出したことは、大きな前進と言える。東日本大震災の津波はレベル2に相当するが、巨大津波への備えは人命被害を最小限にとどめることが最優先だ。津波の威力を低減するハード面の取り組みは欠かせないが、ソフトの充実が何より重要となる。

―やはり「逃げる」ための対策が喫緊の課題か。


今村 その通りだ。現在、多くの自治体が避難計画の策定に着手しているが、できるだけ早く住民に周知して実践的な訓練を始めてもらいたい。ただ、避難計画は基本ルールにすぎず、細かいルールは各地域の実情に合わせて作らないと、いざという時に機能しない。これが今後の大きな課題だろう。宮城県の山元町や亘理町などでは、こうした視点で毎年、避難訓練を行い、逃げるルートや避難場所の指定といった細部まで地域ごとに検討を重ねている。

―防潮堤整備のあり方をどう見るか。


今村 被災地では復興を進める上で、どのような防潮堤がふさわしいか議論になった。財政面の制約もあったが、ほぼ全ての地域で設計や施工が始まった点は評価したい。

ただ、一連の議論の中で景観などを理由にした防潮堤不要論や、地域にふさわしくないという声まで出てきたことは残念だ。防潮堤は津波から人間の命だけでなく、地域そのものも守る役割を担う。台風の高潮対策としての効果も大きい。とはいえ、防潮堤は地域で活用するものであり、関係者の合意形成が前提であることは言うまでもない。大切なことは、防潮堤をきちんと維持管理し、積極的に利活用する発想だ。

防潮堤の高さを下げるべきとの意見もあるが、どうしても下げる場合は、防潮堤の陸側の道路などをかさ上げして二重三重に津波の威力を迎える「多重防御」の視点が必要だろう。盛り土構造の仙台東部道路が多くの命を救ったことで注目されたが、こうした活用方法は参考になるはずだ。

―南海トラフ地震への備えが危惧されている。


今村 ハザードマップ(災害予測地図)では最大クラスの津波被害が予測され、宮崎県や高知県などでは広域の浸水が指摘されている。こうした地域では、どこから手を付けるべきか分からず、対策が立ち止まっているケースが少なくない。対策の最終目標は津波被害の軽減だが、段階を経て取り組む姿勢が肝要だ。

まずは、過去の地震における津波被害の範囲を参考にしながら、安全な避難場所や経路、避難に必要な時間の確認などから始めたい。特に、避難時の車の利用については、高齢者や要支援者らから優先して使用できるようなルールも検討してほしい。

ただ、検討を進めると避難困難地域が必ず出てくる。避難タワーの建設や避難ビルの指定などを進め、避難困難地域の中でも安全なエリアを作っていくことが求められる。

それには、住民の意識向上や協力が欠かせない。一方で、30メートル級の津波や数十万人規模の人的被害という情報は知っていても、「自分の街にどのように津波が押し寄せ、どう逃げるべきか」といった意識、さらには認識があまり高くない。正確な情報を共有するため、行政は丁寧な説明を徹底してほしい。

―行政の人材不足が指摘されている。


今村 役所内の人材が少ない上に、数年に1度は人事異動で交代してしまうので、そのたびに住民と行政が信頼関係を構築しなければならない。やはり、役所内に最低一人は自然災害などの危機管理に継続して携わる責任者や専門家を立てる必要がある。さらに、人材育成において、大学などの研究機関が協力する体制を強化しなければならない。

―インフラ(社会基盤)の整備は遅れていないか。


今村 「街づくり」の一環として検討していくことが大事で、過去の災害事例を教訓に「事前復興」の議論をしてほしい。津波被害が出ることを前提に、公共施設の移転先や防潮堤の整備内容を今から時間をかけて議論しておくべきだ。議論の場を設けておけば、いざという時、地域住民と行政の合意形成の場となる。東日本大震災では、議論の場所も時間もなく、断片的な情報で物事の結論を出してきた面がある。この点も教訓として生かしてほしい。

―津波対策における日本の役割は。


今村 2004年にインド洋大津波があったように、アジア環太平洋地域では今後もさまざまな自然災害が予想される。わが国は、数多くの災害経験や、そこから生まれた教訓を持っている。災害時の支援態勢や防災力、コミュニティーの力などは大きく育まれており、世界の先頭を走っているのではないか。こうした知見をもっと海外に発信する取り組みがほしい。


おおいし・ひさかず
1945年兵庫県生まれ。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。建設省(現・国土交通省)入省後、道路局長、技監を歴任。著書に『国土と日本人』『国土学事始め』など。


いまむら・ふみひこ
1961年生まれ。東北大学大学院工学研究科博士課程終了。同科附属災害制御研究センター教授などを経て現職。政府の東日本復興構想会議検討部会委員なども務める。

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