eコラム「北斗七星」

  • 2016.12.28
  • 情勢/社会

公明新聞:2016年12月28日(水)付



いわゆる液状化現象なのだろう。「土裂けて水湧き出で、巖割れて谷にまろび入る」。元暦の大地震を活写した方丈記の一節である。その描写力は、時が移ろっても色あせることなく、災厄の惨劇を克明に伝える◆東日本大震災の発生した翌2012年は、この随筆の誕生800星霜とも重なり、新しい現代語訳や関連書物が何冊も刊行された。著者の鴨長明が没して800春秋を刻んだ今年は、熊本と鳥取が大きな地震に見舞われた。新潟県糸魚川市では大火が街を焼き尽くした。災害に対する都市の脆さ、人々の記憶の風化現象を今一度伝えるため、鎌倉時代初期の文人が蘇ってきたという気がしないでもない◆「それ、三界は、ただ心一つなり」と綴った彼を、作家の中野孝次氏は「心の達人」と呼ぶ(「すらすら読める方丈記」 講談社)。たしかに、この随筆には「心」という言葉が頻出する。<憂、愁、愛、悲、慰>など、心を含む字形に造形された文字も至る所に顔を出す◆「忘」も、その一つである。天変地異がもたらす惨禍や教訓、そして被災者の存在を放念しないよう戒めているのかもしれない◆自宅で新しい年を迎えられない人たちの心情は、いかばかりか。生活再建への道のりも平坦ではあるまい。「心の復興」を遂げる日まで、来年も寄り添い続けねば。(明)

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