eコラム「北斗七星」

  • 2016.09.28
  • 情勢/社会

公明新聞:2016年9月28日(水)付



スペインの世界遺産サグラダ・ファミリアの主任彫刻家、外尾悦郎氏が帰国時に語っていた。「私の中にガウディが生きている」。外尾氏は、19世紀の偉大な建築家が残した設計図を頼りに石を彫り続ける。CG技術の発達によって大聖堂の工期は150年短縮され、10年後に完成するという◆未完の小説にも設計図がある。山崎豊子さんの遺作『約束の海』。旧海軍士官の父と海自隊員の息子の物語だ。息子が乗る潜水艦と遊漁船の衝突事故を描いた第1部の執筆後、山崎さんは逝去した。「進行表」と呼ばれる第2、第3部の設計図が巻末に収められた◆第2部のラストシーンで父が息子に語る。<多くの戦争の犠牲者たちが今も眠っている海を、再び戦場にしてはいけない>。その思いを胸に、第3部で息子は駐在武官として北京に赴任する◆今月、1年5カ月ぶりに会談した日中首脳は東シナ海での防衛当局間の「海空連絡メカニズム」の早期運用へ協議を加速させることで合意した。尖閣諸島周辺の波は高いが、自衛隊と中国軍の偶発的な衝突だけは避けたい◆「書きながら棺に入るのが作家だ」との激励に奮起した山崎さんの死から、あすで3年。不条理を描き続けた作家が最大の不条理として挑んだテーマが戦争だった。作品の完成は後世に託されている。(也)

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