e生まれながら愛情の中へ 愛知県の「赤ちゃん縁組」<下>

  • 2015.09.24
  • 生活/生活情報

公明新聞:2015年9月22日(火)付



一人の児相職員が奔走

制度の周知・情報発信が課題



「新生児の里親委託」(赤ちゃん縁組)が多くの成功事例を挙げるまでには、一人の公務員の常識を打ち破る発想と行動力があった。元児童福祉司で社会福祉士の矢満田篤二さん(81)だ。


児童相談所の職員として乳児院に預けられた子どもたちと接しながら、「子どもにとって最善の環境を提供したい」と願い続けてきた。しかし、現実は「実の親は迎えに来ると言い残したきり、面会にも来ない。愛情に飢えたまま、成長するに従って非行に走る子もいた。彼らが親になって同じ悲劇を繰り返す」。


模索し、悩み続ける中で「生まれてくる子どもにとって何が最善か。それは家庭の中で愛情を受けて育つことだ」と強く感じるようになった。


矢満田さんにヒントを与えたのは、愛知県の産婦人科医会が1976年から行っていた「赤ちゃん縁組無料相談」だった。産婦人科に不妊治療の診察を受けに来る女性と、性被害などによる妊娠で悩む女性の橋渡しをしていた。矢満田さんは「これは行政こそが主体的に行うべき仕事だ」と赤ちゃん縁組への挑戦を決意。児童相談所の慣例を破る未聞の取り組みが始まった。


しかし、養子縁組制度に消極的な児童相談所が多く、委託できる里親候補も少なかった。さらに、児童相談所間の連携もなく、里親に関する情報も共有されていなかった。


それでも、矢満田さんは決して諦めなかった。乳児院や児童養護施設の訪問、里親との関係をつくる活動などを地道に続け、ようやく赤ちゃん縁組が軌道に乗り、高い評価を受けるまでになった。


これまでの活動を振り返って矢満田さんは、赤ちゃん縁組のメリットとして(1)妊娠・出産した女性が赤ちゃんを育てられない自責の念から解放される(2)赤ちゃんは出生直後から家庭の愛情を受けることができる(3)里親は不妊治療の苦しみから脱却できる―を挙げ、「まさに『三方良し』」と強調。「何よりも、子どもにとって家庭の愛情を受けて育つ環境ができ、うれしい」と満足げだ。


今後の課題について矢満田さんは、安易な乳児院措置の実態の改善とともに、「児童相談所の機能強化と赤ちゃん縁組の周知が欠かせない」と指摘。矢満田さんの事業を児童相談所長として発展させた萬屋育子さんも、「予期せぬ妊娠をした女性は相談をするすべが分からない。里親委託の情報をもっと発信していかなくては」と表情を引き締めていた。


里親制度拡充で党プロジェクトチームが提言


里親委託を支援するため、公明党の荒木清寛、山本香苗の両参院議員、伊藤渉衆院議員は今年2月、「愛知県中央児童・障害者相談センター」を訪れ、新生児里親委託について関係者と意見交換。これを踏まえ、荒木氏が同3月の参院予算委員会で質問したことをきっかけに、5月31日、塩崎恭久厚生労働相が同センターを視察。同制度で家族となった親子とも対面し、「新生児里親委託の実態調査を実施したい」と意欲を示した。


8月21日には、党児童虐待防止・社会的養護検討プロジェクトチーム(PT、国重徹座長=衆院議員)が、塩崎厚労相に「子どもの最善の利益に照らした社会的養護の充実についての提言」を提出。里親委託制度の普及を要望するなど、全力で後押している。


矢満田さんが投じた一石が、着実に広がりを見せ始めた。

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