eコラム「北斗七星」

  • 2014.11.05
  • 情勢/社会

公明新聞:2014年11月5日(水)付



江戸時代末期の日本列島では、各所で大地震が連続して発生し、多数の犠牲者を生じていた。総称して「安政の大地震」と呼ばれているが、紀伊半島沖を震源とする「安政南海地震」もその一つ。そこには感動的なドラマがあった◆地震が発生したのは安政元年(1854年)11月5日の夕刻だった。この時、「村民の大切な命を守るために」と、大切な稲むら(収穫した稲束を積み重ねたもの)に火を点けた男がいた。和歌山県広村(現在の広川町)に住む浜口梧陵である◆梧陵は機転を利かせ、稲むらの炎の明かりを、村を襲った津波から暗闇の中で逃げ遅れた村人たちを誘導するための目印にしたのだ。こうした梧陵の"稲むらの火"の救出劇は、小泉八雲が『ア・リビング・ゴッド(生ける神)』というタイトルで小説にしたが、梧陵の活躍はこれだけでは終わらなかった◆家や家財を失い悄然とする被災者のための住宅建設、堤防工事を行い被災者への日当を支給することによる村人の離散防止策まで行っている。そして4年の歳月が流れると、そこには高さ5メートル、長さ600メートルの堤防が完成していたのである◆この堤防は1946年の昭和南海地震の大津波からも広村の大部分を守ったという。なるほど、きょう11月5日が「津波防災の日」と制定されたのも頷ける。(流)

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