e震災3年「人間の復興」へ いざ

  • 2014.03.10
  • 情勢/社会
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公明新聞:2014年3月9日(日)付



東北は一つ" 誓い新たに
風評、風化と闘い抜く
被災の最前線で東北復興会議 宮城・石巻市



2011年3月11日、日本中を震撼させた東日本大震災と東京電力福島第1原発事故が発生してから、明後11日で丸3年を迎える。公明党は8日、宮城県石巻市で、山口那津男代表、井上義久幹事長と、被災地担当の国会議員、東北6県の地方議員の代表らが集い、「東北復興会議」を開催。"東北は一つ"との決意とともに、「人間の復興」への歩みを一段と加速させていくことを誓い合った。(写真は同日、仮設蛇田中央団地の集会場で被災者と懇談する山口代表ら)

東北の被災地では、道路や港湾などインフラ(社会資本)整備は着実に進むものの、生活再建の加速に向け、今なお多くの課題が立ちはだかる。

「更地になって寂しくなっちまったな」。宮城県石巻市内を一望する日和山公園に立ち、初老の男性がつぶやく。来し方3年を振り返り、両手を合わせ、「蘇れ、わが故郷よ」と静かに目を閉じた。

目下の課題は住宅再建だ。市は、防災集団移転促進事業と土地区画整理事業の着実な推進に加え、復興公営住宅の早期整備を重視。しかし、資材や人件費の高騰で公共事業の入札不調が相次ぎ、工事が進まない。事業所や個人住宅の再建にも暗い影を落とす。

自立再建の厳しさは、全ての被災地に共通するが、その"表れ方"はさまざまだ。石巻市のように、復興住宅の希望者が予定戸数を上回るところもあれば、同県南三陸町などのように、他市町村への転出者が急増し、予定戸数を下方修正する市町村もある。「被災地」の一言では括ることのできない、複雑で重層的な問題を抱える"現地の今"を物語っている。福島に至っては、廃炉作業や除染などの問題が山積みで、原発事故からの再生はままならない状況が続く。

「今も必死に闘っていることを忘れないで」。この被災者の叫びにどう応えていくのか。

8日の東北復興会議の冒頭、井上幹事長は「発災3年のこの時に、東北の全議員が復興状況を共有し、決意を新たにしていく」と意義を強調。いまだに27万人が避難生活を送り、健康や心のケアの問題が出てきていることから「現実を直視し、全ての被災者が当たり前の日常生活が送れるように、さらに復興を加速しなければならない」と述べるとともに、風評と風化の"二つの風"との闘いに、引き続き全力を挙げていく決意を述べた。

山口代表は、発災当初から、現場に寄り添い復旧・復興へ取り組んできたことに触れた上で、長期の避難生活から生じる問題について「課題を解決して、人々が生活し、仕事をし、故郷を蘇らせようと生き生きと動く日をつくり出していかないといけない。被災者の率直な気持ちをしっかり受け止め、東北ここにあり、これぞ公明党のネットワークという姿を示し切っていこう」と呼び掛けた。

会議では、宮城県石巻市の伊藤啓二市議と、青森県の畠山敬一県議が活動報告。「『大衆とともに』との立党精神で、新たな50年を切り開く覚悟で闘っていく」と決意を述べたほか、子どもの心のケアへの支援体制構築などを盛り込んだ「2014新生東北復興決議」が、満場の拍手で採択された。

これに先立ち、山口代表らは、津波と火災で大きな被害を受けた同県石巻市の門脇小学校を視察。"あの日"の惨状そのままに、今もランドセルや教科書などが散乱し、焦げた机や椅子が転がる校内を回り、市担当者から、当時の被害状況を聴取した。

復興会議後には、国会議員と地元議員らが3組に分かれ、石巻市内の仮設住宅を訪問し、被災者を激励した。このうち、山口代表は仮設蛇田中央団地の集会場を訪れ、参加者からは「先の見通しが見えない」との心情が吐露された。

山口代表は「皆さんの新しい生活が始まるまで全力で支えていく」と応じた。

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