eコラム「北斗七星」

  • 2017.10.31
  • 情勢/社会

公明新聞:2017年10月31日(火)付



心に秘めているものを文字としてつづれば、あらためて愛おしく思える。「形のある大切なもの」「形のない大切なもの」「大切な活動」「大切な人」をそれぞれ三つづつ、12枚の小さな紙片に書き出した。いずれも身近にあって、失うことなど想像したこともない◆「この大切な人やものと、お別れしなければなりません」と紙を選んで破るように告げられた。自らの思いを書いた紙片を破ることには戸惑ってしまう。これは東北学院大学の金菱清教授による「疑似喪失体験プログラム」の一コマである◆このプログラムは、東日本大震災の大津波で両親を亡くした高橋匡美さんの体験を聞きながら行われた。いつもと変わらぬ朝から始まったあの「3月11日」。高橋さんは、ほんの数日前「バイバイ、またね」と手を振って別れたのが母との最後になった。「何気ない日常を、ある日めちゃくちゃに壊して奪い去る。それが災害なんです」との言葉が、紙を破る作業と重なり"わがこと"として響いた◆プログラムでは、破った一番大切な紙を元の形に並べ直すが当然、元には戻らない。「命の尊さを、自分自身に置き換えて考える」(金菱教授)疑似体験だった◆時が過ぎ、街の復興は進む。だが、戻ることない命の重み。あの日の記憶を"わがこと"として伝えていきたい。(川)

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