eトランプ米大統領6カ月 理念・戦略なき政権

  • 2017.07.19
  • 情勢/解説

公明新聞:2017年7月19日(水)付



同志社大学 村田晃嗣教授に聞く



あす20日、トランプ米政権の発足から半年を迎える。「米国第一」の方針は、国内外にどのような影響を及ぼしているのだろうか。米国政治の現状と課題、今後の日米関係の行方などについて、同志社大学法学部の村田晃嗣教授に聞いた。


内政


公約の骨抜きや未達成が相次ぐ。自由や人権を語らず排外主義貫く

――トランプ政権の半年をどう見るか。

村田晃嗣・同志社大学教授 内政では、トランプ政権が進める政策の問題点によって米国の三権分立システムの強固さを再確認させられた格好だ。結局、トランプ氏が訴えていた政策は、骨抜きになるか実現できていない。

例えば、連邦地方裁判所で差し止めの仮処分が出されたイスラム圏からの移民の入国制限を求めた大統領令は、連邦最高裁判所が一部執行を認めたものの、相当限定された内容に落ち着いた。メキシコ国境の壁建設についても、推定200億ドル(約2兆円)以上の膨大な費用を議会が認める気配は全くなく、予算に盛り込まれていない。

医療保険制度改革(オバマケア)代替法案ですら、共和党内でまとまらず、見送らざるを得ない状況だ。

2020年以降の温暖化対策の国際枠組みである「パリ協定」については、公約通り離脱を表明したが、いくつかの州や都市は協定を遵守する声明を独自に出すなど、連邦政府の方針に異論を唱えた。

――実現する見通しのある政策はあるのか。

村田 法人税の大幅減税ぐらいだろう。来年11月の中間選挙までに法案を成立させて景気浮揚を図り、選挙を乗り切ろうと考えているのではないか。しかし、財源確保の見通しは立っておらず、実現は容易ではない。

10年間で1兆ドルの公共事業投資についても、既存の予算を削る必要はあるが、そこには利害のある議員が群がっており、議会と血みどろの闘いになることが予想される。

――大統領の支持率は、戦後の歴代大統領の中で史上最低を記録した。

村田 支持率の低迷は重大な問題だが、大統領自身が気にしていない。トランプ氏は民主党を支持してきた白人ブルーカラー(現場労働者)層の共感を得て当選した。彼らの気持ちが自分から離れない限り、そのほかの反応は関心がないようだ。

米国大統領は戦後70年余、世界の指導者としての役割も担ってきた。30年前、レーガン大統領が西ドイツ(当時)のブランデンブルク門の前で、ソ連(同)のゴルバチョフ共産党書記長にベルリンの壁を壊すよう求めたが、それは東西冷戦を終結させて世界の平和を実現するためだった。

翻ってトランプ氏は、排外主義を貫き、就任から半年の間、人権や民主主義、自由、平和について一言も語っていない。これほど理念を示さない大統領は珍しい。

――メディアとの対立が激化している。

村田 トランプ政権は、一部の大手報道機関の記者をホワイトハウスの会見場から閉め出し、政権に批判的な報道を日常的に「偽ニュース」と呼んで物議を醸している。これまでの大統領とメディアの関係では、対立しても最終的には落ち着く方向に動いていたが、トランプ氏は対立を落ち着かせるどころかエスカレートさせる一方だ。大統領が体現する米国のイメージづくりという面では、明らかにマイナスに働いている。


外交


米国のソフトパワー弱体化 TPP離脱 アジアの信頼揺るがす

――外交への評価は。

村田 ティラーソン国務長官、マティス国防長官らの起用は現実的であり、就任前のトランプ大統領の言動を軌道修正する役目を果たしている。そのため、トランプ政権の外交は、これまでの米国外交のある種の振れ幅に収まっている。

しかし、米国外交に対するイメージは前例を見ないほど悪化している。環太平洋連携協定(TPP)からの離脱は最たる例で、米国が本当にアジア太平洋地域にコミット(関与)する気があるのか疑われる結果となった。アジア諸国が持っていた米国への信頼度を揺るがした点では経済的なマイナス面より罪深い。その結果、米国のソフトパワーを大きく弱めている。

長官クラスの手腕がしっかりしていても、外交は内政に比べて大統領の意向が決定的な影響力を持つ。各国は、トランプ氏が最終的にどのような判断を下すか疑心暗鬼になるので、世界に与える心理的不安は小さくない。「自国第一主義」によって国際秩序を揺るがす米国の姿勢は、世界の混乱を深めていると言わざるを得ない。

――先日の主要20カ国・地域(G20)首脳会議でも、孤立する姿が目立ったが。

村田 すでにTPPやパリ協定からの離脱を表明して、トランプ政権は国際協調路線から背を向けている。ドイツを中心とした欧州との乖離も大きい。米国に協調を強要することはできないが、協調が長期的に利益になるとの認識に誘導する努力が必要だ。その意味でも、日本が米欧の仲介役を果たす意義は大きい。また、環境問題などでは、日本は中国との積極的な関係構築もめざすべきだ。

――中でも、欧州との関係が懸念されている。

村田 非常に厳しい関係に陥っていると言わざるを得ない。とはいえ、欧州が米国の振る舞いに一家言持って発言するのは容易ではない。例えば、米国は北大西洋条約機構(NATO)に加盟する欧州諸国の軍事支出について、国内総生産(GDP)比2%の達成など応分の責任を求めているが、それを実現できるか問われる。

今年秋のドイツの総選挙で、メルケル首相が続投できるかどうかも焦点だ。ドイツで政権交代が起こると、欧州の主要国は全て新指導者になるので、欧州の存在感は低下し、米国との関係も一段と不透明さを増すだろう。

――対北朝鮮政策をどう見るか。

村田 トランプ政権が軍事行動に出たり、金正恩の暗殺を企てることは考えにくく、トランプ氏の政治決断によって朝鮮半島情勢が今より悪化して日本の安全保障が大きく脅かされることはないだろう。逆に、不作為による状況悪化を懸念する。例えば、オバマ前政権の「戦略的忍耐」政策を批判しながら、結果的に何もせず中国に責任転嫁するケースだ。


日米


冷静に議論できる間柄 重要 日本 民主、共和主流派と関係強化を

――日米関係については。

村田 総じてうまくいっていると思う。日本の首相が米国の大統領と個人的に良好な関係を築くのは大変結構なことだ。安倍晋三首相が今年2月の訪米前、オーストラリアや東南アジアを歴訪し、アジア太平洋の声を代表する日本の姿勢を鮮明にした点は、戦略として評価したい。

今後の日米関係で注意すべき点は、首脳同士が冷静に意見交換できる関係を構築できるかだ。日本人は、大統領の別荘に招待されたといった個人的な優遇の度合いや親密ぶりを重視しがちだが、こうした基準で外交を捉えると、トランプ氏の土俵上で外交ゲームをすることになりかねない。

もう一つは、安倍首相が今後も首相を続投できるかどうかだ。仮に、今年秋のドイツ総選挙でメルケル首相が負ければ、主要国(G7)で安倍首相が最古参になる。そうなると外交的影響力は大きく、トランプ氏にとって一層重要な存在となるに違いない。

その上で、日本はトランプ政権と渡り合いつつも、民主党をはじめ政権に十分意見を反映できていない共和党主流派とのパイプもしっかり強めておく必要がある。

――米国は、民主主義や法の支配など普遍的な価値に基づく「国際公共財」の役割を放棄したと言われている。

村田 世界に不確実性が漂う今こそ、日本がその地位を担うべきである。ただ、日本が国際公共財を担う必要性を認めたとしても、具体的な話になると内容をえり好みしてしまいがちだ。環境問題なら敏感に反応するが、難民問題にどれだけの行動を起こせるのか。米国社会で大きくなりつつある人権問題とどう向き合うかなどで、試練に立たされないだろうか。

――米国の不安定化によって、日本がめざす国家像も問われないか。

村田 日本は、2020年の東京五輪・パラリンピックまでは国を挙げた目標を持って進んでいるが、その後の目標設定はできていない。

安倍首相は憲法改正について発言しているが、その是非にかかわらず、今後の日本のあり方を考える問題提起としては、真剣に考えるべきだ。どういう国の形を描くのか議論しないと、トランプ政権と同じように単発のリアクションの繰り返しという事態に陥らないかと危惧している。


むらた・こうじ
1964年生まれ。政治学博士。同志社大学法学部卒。米国ジョージ・ワシントン大学留学。神戸大学大学院法学研究科博士課程修了。2005年より現職。同志社大学法学部長、法学研究科長、学長などを歴任。

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