eコラム「北斗七星」

  • 2017.05.11
  • 情勢/社会

公明新聞:2017年5月11日(木)付



偶然に原爆を免れた女性の物語である。ロングラン上映を続けるアニメ映画『この世界の片隅に』。広島県呉市を舞台に、主人公すずが淡々と戦時下を生きる◆広島から呉に嫁いだすずは、好きな絵を描きながら、知恵と工夫で朗らかに配給不足と格闘していた。が、爆弾が右手を奪う。絵が描けず、家事もできない。居場所を失ったすずは、実家に戻ろうと思う。8月6日の朝は、だが、ささいなことで婚家で迎えたのだった◆作家の高橋源一郎氏が先日の朝日新聞で、同様に原爆を免れた母堂の体験をすずと重ねて語っていた。私事で恐縮だが、それを目にするまで、北斗子もまた幾たびか母親から似たような話を聞かされたのを、不覚にも忘れていた。昭和20年夏、18歳だった母は四国から広島の大伯母を訪ねようとしていた。「列車の切符が手に入らんけん、諦めたんよ」という話だったような......◆あらためて聞くと、欲しかった洋服と日傘があるという手紙をもらい、こともあろうに、切符を求めて何日も駅に通ったと言うではないか。わが身を思えば、「歴史は偶然の積み重ね」(塩野七生)と妙に得心してしまうものだ◆一方、偶然で済ませられないのが、かの国の独裁者の気まぐれ。核兵器の脅威を現実のものと感じながら迎える「母の日」である。(也)

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