eコラム「北斗七星」

  • 2017.04.13
  • 情勢/社会

公明新聞:2017年4月13日(木)付



最近はパソコンで原稿を入力し、編集者に送信する作家がほとんどだ。だから書き手の手書きの原稿を目にする機会は滅多にない◆作家生活40年を迎え著作が600冊に達したという赤川次郎氏は、今でもひたすら手書きにこだわり細字のペンを走らせているという。その話を聞いて30年ほど前に同氏の日曜版連載小説『いつもの寄り道』を担当していた頃を思い出した◆すでに超売れっ子で、自宅や時にはホテルに缶詰めになり執筆していた赤川氏は、原稿を書き上げるまで決して電話に出てくれなかった。やっと手にした原稿も400字詰め用紙に、今でも忘れられない小さな手書き文字。マス目の余白が目立ち、読みづらかったことを覚えている◆ところで手書きの原稿について、1924年(大正13)の、きょう13日に生まれた吉行淳之介氏が、かつて『私の文章修業』(週刊朝日編)に自身の面白いエピソードを書いている◆字の下手さ加減を見るのが厭なのに加え、原稿が苦労、苦渋のかたまりに見えたことに閉口した同氏。小説の連載が終わり戻ってきた数百枚の原稿用紙を、庭の隅に穴を掘り、灰が舞い上がって隣家の方へ飛んでゆくのを気にしながら長い時間かけて燃やしたそうだ。これだけの苦労があったればこそ世に名をなす売れっ子になれたのだろう。(流)

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