e国民は「保守・中道政治」に何を望むか(上)

  • 2016.08.23
  • 情勢/解説

公明新聞:2016年8月23日(火)付



東京大学社会科学研究所
宇野 重規 教授に聞く



7月の参院選で自民、公明両党の連立政権が勝利し、保守・中道政治に対する国民の期待が改めて鮮明になった。景気・経済、社会保障、外交・安全保障など、内政・外交ともに課題が山積する中、国民は保守・中道政治に何を望んでいるのか、公明党に求められる役割は何か。2回にわたり識者に聞いた。



連立政権の課題

対抗できる野党勢力ない中、政策のバリエーション必要

――自公両党による「保守・中道政治」は国民に定着したのか。

宇野重規教授 「中道」という言葉は1970年代によく言われ、最近復活した。その前提にあるのは自民、社会両党による55年体制だ。二大政党制になると思われたが、実際にはそうならず、両党の支持基盤はむしろ相対的に弱体化した。その間を縫って、都市部の中小自営業者を中心とした基盤を持つ公明党や民社党のように、自民、社会両党が取り込めない層が中道勢力として大きくなった。

都市化による地盤の弱体化を受け、大平正芳首相の頃から自民党は生活の利便性や文化、環境などに重きを置き始め、都市住民に支持される政党へと舵を切った。都市住民も環境問題が注目された60~70年代は革新政党を支持したが、80年代には生活が安定して保守的になり自民党の保守基盤へと回帰した。革新政党が首長選挙で勝てなくなり、地方で各党が相乗りし、中央で自民党が多数を回復した80年代以降、中道政治のインパクトは小さくなった。

90年代以降は政治改革を通じて保守二大政党制を模索する動きが盛んになった。2009年に民主党(現民進党)が政権交代を実現したが、自滅して12年に自民、公明が政権に復帰した。今日に至って国民は、二大政党制は難しいと感じているのではないか。

――国民が連立政権に求めることは何か。

宇野 現在、政権交代は考えにくいが、日本政治にとっては常に選択肢が必要だ。例えば、アベノミクスが経済政策としてうまくいかなくなったときにどうするか。それ以外の社会モデルも考えておくことも重要ではないか。

自公政権に対抗できる野党勢力が見当たらない以上、政権内における政策の微調整が今後必要となる。そこに中道の公明党が果たすべき役割が出てくる。かつての二大政党の間の中道ではなく、どれだけ自民党以外の選択肢を示せるか。政治は常に「これがだめだったら、こちらを試す」という別の選択肢を示さなければならない。中道が復活している理由はそこにある。

大枠では外交も内政も打つべき手は限られているが、政治にバリエーション(種類)を持たせていくことが重要だ。



公明党への期待

憲法の精神を守り、現実と向き合ってきた姿勢を評価

――半世紀にわたり「中道主義」を掲げてきた公明党をどう見るか。

宇野 保守主義とは本来、現行の政治体制を尊重しつつ、時代状況に応じて維持・発展させていくものだ。しかし戦後日本の政治は、ねじれているところがあって、最大の保守政党の自民党が改憲を掲げている。自民党の改憲草案がどれだけ本気か分からないが、草案は現行憲法の正統性に対して疑問を呈しており、これは本来の定義からすると保守とはいえない。一方、革新勢力は60年以降、「護憲」を強調するあまり現行憲法を発展させていく視点に乏しかった。こう見ると、現行の政治体制を基本的に正統なものと見なした上で、それに必要な変更をしていくような勢力を保守主義だとすれば、真の保守主義は不在ではないか。

公明党は憲法の基本的精神である基本的人権の尊重、国民主権、平和主義という3大原則に忠実であり、軍事拡大よりは国民生活の充実を通じて平和を実現するという方向性を維持してきた。今の憲法を基本的に否定せず、改正する余地はあるとしても、憲法の精神を守りながらそれに必要な修正をどう加えていくかという立場だ。あえて言うと、公明党が真の保守主義を守っているのかもしれない。

公明党は都市に暮らす普通の庶民の人たちを支持基盤として拡大し、その人たちの生活の充実を図ってきた。国際的には中国との関係を重視して、国際的な協調を図る路線を取ってきたわけで、ある意味、憲法に則した政党といえる。自民党がややもすれば現行体制を否定する方向に傾斜する時に、公明党が歯止め役を果たしていることは評価できる。憲法の精神を維持しながら、どう現実に合わせていくかという良き中道主義、健全な保守主義が必要だ。

――今月末、中南米訪問団を初めて派遣するなど、公明党は対話外交にも真剣だ。

宇野 戦後保守と国際関係の観点も興味深い。歴代首相の中では、吉田茂氏から池田勇人氏までは基本的に欧米中心。岸信介氏は韓国を重視して東南アジアにも乗り出し、福田赳夫氏も東南アジアを重視した。これに対して田中角栄、大平両氏は中国との関係を強調した。橋本龍太郎、森喜朗の両氏はロシアに焦点を当てた。安倍晋三首相は中国との対抗関係のため東南アジア、オーストラリア、インドと連携し、アフリカにも力を入れている。時代によって比重を置く国が異なっている。

米国の日本に対する安全保障上のコミットメント(関与)が低下していく中、日本に対して好意を持ってくれる国々を探すことが大切だ。ただ、各国との関係は何十年もかけて信頼を築いていくものだ。そうした意味で、中国との関係を含めて公明党が外交に努力することは重要で、今後、中南米と新たな関係をつくることには意味がある。



政治のあるべき姿

迷走するリベラル。「保守すべき価値は何か」議論を

――国内外の状況が変化する中で、政治のあるべき姿とは。

宇野 保守、リベラルというが、米国では保守は「小さな政府」、リベラルは「大きな政府」というのが一つの基準だ。これが日本では、保守が大きな政府志向なのに対し、革新が小さな政府志向で、米国と完全に逆だ。

これまで革新側は安全保障や憲法問題を対立軸にしてきたが、昨今の動きを見ても分かるように、それだけでは有効な対立軸はつくれない。少子高齢化が進む日本社会の未来像を、どう描くかという部分で論争すべきであり、大きな政府、小さな政府はもはや日本政治の選択肢にはなり得ない。

今の与党は国際関係には周到に手を打っているとは思うが、保守勢力はナショナリズム(愛国主義)に足下をすくわれることが多い。日本においても、いつ排外主義的な雰囲気が高まるか分からない中、今後、ヘイトスピーチのような活動が拡大する時に、一定の歯止めをかけるのも非常に重要なポイントだ。保守主義は、ナショナリズムや一国孤立主義とは区別してしかるべきであり、国際的なある種のバランスをどう維持するかを考えるのが保守の良識だ。

市民運動や地域に根づく住民活動は戦後民主主義の良き伝統であり、これを継承することも必要ではないか。国会前デモのような一時的な活動だけでなく、日々、地域から社会を変えていくのも政治の一つのあり方だ。そういう意味でいうと、公明党も地域の声を政治の場に届ける意識を持っているので、戦後精神を継承していると思う。

今の時代、リベラルの迷走が激しい。リベラルと称する人たちが実は、かなりご都合主義的なことを言っていて整合性がないことも多い。むしろ保守の方が相対的には一貫しており、過去を継承しつつ少しずつ変えていくことの意義は大きい。だから今は、「本当に保守すべき価値は何か」という議論を中心に、政治を多様化させる方がより生産的だ。



うの・しげき
1967年東京都生まれ。96年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。99年東京大学社会科学研究所助教授を経て、2011年より現職。専門は政治思想史、政治学史。著書に「保守主義とは何か」など。

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