e熊本地震 現場へ急行。物資の手配などに奔走

  • 2016.04.25
  • 情勢/社会

公明新聞:2016年4月24日(日)付



手記 参院議員あきの公造



14日夜、熊本地方で震度7の地震が発生したとの緊急速報を聞いた瞬間、私の脳裏には、住民の方々の顔が浮かび、心が引き裂かれる思いでした。翌15日午前、江田康幸衆院議員と共に東京から熊本入りし、自らも被災する公明党熊本県議、市議と震源地とされる益城町へと急ぎました。同様に福岡から駆け付けた高瀬ひろみ党女性局次長と合流し、被害状況を調査するとともに、「一人でも多く」との思いで町民を激励して回りました。

至る所で家屋や壁面が崩壊し、隆起した路面や信号機の停電で渋滞が続く町中を抜け、町役場へ。西村博則町長から強く要望があった飲料水とブルーシートについては、隣接する公明党の各県本部と連携して、用意できたものから順次届けることに。屋外に避難する町民の元へ向かうと、涙ながらに「怖くて部屋に戻れない」と語る婦人や、「これから、どこで生活していけばいいのか」と身を震わせる老夫婦など、安全な屋内の避難先を求める声が多く寄せられました。こうした声を基に党熊本県本部として、蒲島郁夫県知事と大西一史・熊本市長に対し、緊急申し入れを行い、具体的な検討を行うとの見解が示されました。

その日の夜、党県対策本部で今後の対応を検討後、宿を求めて阿蘇市内へ移動。その直後でした。16日午前1時25分ごろ。まるで宿舎ごと揺さぶられているかのような大きな地震に襲われたのです。阿蘇地方で発生した震度7の本震でした。停電・断水、さらに余震が続く中で私も一夜を過ごしました。

夜が明けると直ちに、森元秀一・阿蘇市議と被災者の元へ走りました。道路には断層に沿ったような陥没が数多くあり、家ごと約1メートル沈下した箇所も。阿蘇市役所では、佐藤義興市長の要望で県議と連携して5000人分の食料を確保。気付けば私も、阿蘇市に移動してから何も口にしていませんでした。

さらに、物資の輸送路の調査で国道57号を熊本方向へと下ると、落橋した阿蘇大橋の手前で大規模な土砂崩れと陥没によって道路が寸断され、言語に絶する光景が広がっていました。復旧にはかなりの時間がかかると思われます。

一連の調査の過程で多くの被災者から力強く「頼むよ」との言葉を頂きました。自らも本震に遭った国会議員として、皆さまの笑顔のために、一日も早い復旧・復興へ総力を尽くしていく決意です。

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