eアベノミクス「今」と「これから」

  • 2016.02.29
  • 情勢/社会
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公明新聞:2016年2月29日(月)付



米イェール大学名誉教授内閣官房参与
浜田宏一氏に聞く



年頭から円が高騰し、株価が下がるなど不安定なマーケットの動向に関し、自公連立政権の経済政策(アベノミクス)に対する悲観論も一部に出ている。そこで、米イェール大学名誉教授で内閣官房参与の浜田宏一氏に、日本経済の現状や日銀のマイナス金利導入、持続的な成長への課題などについて聞いた。


日本経済の実体


基礎的な条件は堅調


雇用、企業収益が高水準


―円高、株安傾向を受けて、アベノミクスに対する悲観論も出ていますが。
長く続いたデフレ(持続的な物価下落)下で不足していた需要創出のため、アベノミクスは「3本の矢」の第1、第2の矢である金融政策と財政出動を実施した。それによって、需要が出てきたところで第3の矢である構造政策(成長戦略)で供給面の力も付けていこうという政策だ。

円高、株安の背景には中国経済の減速や米国の金融引き締めへの不安、原油価格の下落など外的な要因がある。2013年や15年にあった株価上昇のように劇的ではないが、アベノミクスは、今もうまく働いている。日本経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)がしっかりとしているからだ。


―その根拠は何ですか。
まず雇用情勢の大きな改善だ。安倍政権の3年間で就業者数は約150万人増え、完全雇用に近い。企業収益も過去最高水準だ。直近の円高を除けば円安が続いてきたことで輸出関連産業は順調に業績を伸ばした。原油など資源安も関連産業に好影響を与えている。非正規雇用の賃金や労働条件など分配上の課題はあるが、全体として実体経済はいい状態だ。


―海外の不安要因が国内経済に及ぼす影響について。
米国の金融引き締めや原油価格下落は、日本経済にとって必ずしも悪条件とは限らない。米国の金融引き締めは、利上げなどでドルの供給量を減らすことなので、ドル高・円安に導く効果がある。

原油価格の下落は、物価指数を押し下げるので、デフレ脱却への政策からすると都合が悪い。しかし、エネルギーのほとんどを輸入に頼っている日本経済にとって原油は"アキレス腱"なのだから、その価格下落は"最大の贈り物"だ。

中国経済の現状は確かにマイナス要因だ。しかし、日本の対中輸出依存度は経済全体で見ると、3%どまりである。上海の株式と同じように東京の株式が動く理由は全くない。


物価は緩やかに上昇へ向かう


―日銀が政策目標に掲げてきた消費者物価指数の上昇率2%の達成を危ぶむ声も出ていますが。
物価目標を掲げた13年1月時点では、これほどの原油安は全く想定されていなかった。原油価格が下がった分まで物価上昇を促す対策を日銀に求めるのは無理だ。何らかの対策を実施して、逆に原油価格が上昇に転じたら、今度はインフレになってしまう。従って、原油などのエネルギー価格や日常的に価格変動が大きい生鮮食品を除いた指標で見て、上昇率2%に近くなっていれば問題ない。実際、緩やかではあるが、その方向で進んでいる。


マイナス金利導入


金融緩和進める効果


円高には投機的な動きも


―金融機関による日銀への預金の積み増し分に対し、金利の支払いを求める「マイナス金利」について。
日本経済の状況は悪くないにしても、いろいろな外的条件に不安を抱き、先行きに悲観的な見方をする人が少なくない。金融緩和で追い風を送ろうとする日銀の意図は理解できる。

デフレ脱却へ向け金融機関が貸し出しを増やすように、金融機関が日銀に預金するメリットをなくし、預金すると損をするようにして企業などへの貸し出しを促すことは当然だ。実際、金融市場に向けてはマイナス金利が想定通り働いて、長期金利もマイナスになっている。


―金利がさらに下がり、円安に振れるはずですが、そうはなっていません。
マイナス金利に慣れていない市場関係者が過剰反応していると思う。マーケットの動向に一喜一憂せず、少し長い目で見ることが重要だ。悲観論を叫ぶジャーナリストや、商売のため高金利がほしい債券エコノミストに振り回されていると心理的な不安感を大きくするだけだ。

もう一つ、円安に振れるはずが急激な円高になっている背景には、意図的に円高を促して利益を得ようとする投機家の存在があるのではないか。こうした動きをけん制する当座の手段としては、今まで当局は介入しないと思っている市場の意表を突いて、財務省が円売りドル買いの介入を行うことも考えられる。


持続的な成長に向けて


構造改革促す政策を


「同一労働同一賃金」の社会に


―15年10~12月期がマイナス成長でしたが。
アベノミクスがスタートした13年当初は、日本経済は需要不足の段階だった。金融政策によって円安にすることで日本の商品やサービスを割安にし、内外の需要を呼び込むことができたので、日本経済はどんどん回復し、成長率も高くなった。今後は、需要だけでは経済成長率が上昇する段階ではなく、生産性を向上させる構造改革を行わなくてはならない。日本の構造改革のためには、弱者を保護するだけではだめで、非能率な企業、事業の退出を促すことも大事だ。

安倍政権は「国内総生産(GDP)600兆円」や「1億総活躍社会」という目標を掲げて構造改革に踏み込もうとしている。特に「同一労働同一賃金」という基本的な条件が満たされる社会にしなければならない。従来の労働慣行の下では、若者や女性、非正規労働者が生産力の適切な評価を受けてこなかった。これは問題だ。


―17年4月に予定される消費税率10%への引き上げについては。
経済のファンダメンタルズもいいし、経済政策も間違っていないのだから、心理的な不安定要因が一段落すれば、既定方針通り進んでいいと思う。ただ、人の心は予測できない側面もある。悲観論が世界市場をも巻き込み続けるようなことになれば、引き上げを再検討することもあり得るのではないか。政治全体にかかわるので最終的に決断するのは安倍首相だが。


公明は連立政権のバランスをとって


―公明党への要望があれば。
日本の周辺に目を転じると、安全保障環境が厳しさを増している。アジアで国際間の協力がうまく機能するためには、相手が無理を言ってきたときに、それにしっぺ返しをする必要がある。もちろん長期的には、平和を守ることが経済成長の大前提である。

一方で、国民の一部には戦前の価値観に戻そうとする考え方や動きがある。戦後の日本人が一番利益を受けた基本的人権の尊重や民主主義の理念までも忘れてしまおうという向きがあることは、政府に反対すると拘禁された戦前のような政治に戻すことにもなりかねない。こうした状況の中で、平和外交を推進してきた公明党が、連立政権のバランスを保ってほしいと願っている。


はまだ・こういち
1936年生まれ。米イェール大学名誉教授。東京大学名誉教授。経済学博士。内閣府経済社会総合研究所長などを歴任。東大法学部、同経済学部卒。

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