e精神障がい者の社会復帰を後押し

  • 2015.09.29
  • 情勢/社会

公明新聞:2015年9月29日(火)付



注目の「ピアサポート」
入院経験生かし患者に寄り添う
兵庫・淡路島



国内には、統合失調症などの人が入院する精神科の病床が34万床あり、30万人が入院、このうち1年以上の長期入院が20万人に上る。こうした患者の退院と退院後の生活を支援しようと、入院経験を持つ人が研修などを受け支援者となる「ピアサポート」が注目を集めている。兵庫県淡路島で活躍するピアサポーターの姿を追った。


訪問続け、30人が地域に定着


「調子はどうですか」。ピアサポーターの柳尚孝さん(47)の問い掛けに、「朝からずっと待っていたよ。今日は少しハイテンションなんだ」と答えるのは、自宅で療養している藤井一明さん(48)。体調や最近の出来事など30分ほどの会話は弾み、訪問支援の時間はあっという間に過ぎた。


兵庫県洲本市の医療法人・新淡路病院が運営する「淡路障害者生活支援センター」(木下豪所長)では、精神障がい者に対し、病院から地域への移行や定着を支援している。2010年度からは、ピアサポーターの育成に取り組み、現在、淡路島(淡路市、洲本市、南あわじ市)を舞台に、9人のピアサポーターが活躍。柳さんもその一人だ。全員が統合失調症で入院経験があり、通院、服薬を続けている。


ピアサポーターは、養成講座の研修や訓練を受け、主治医の了解を得て、同センターに採用される。時給800円が支給され、ほかの仕事と掛け持ちしたり、障害年金や生活保護を利用しながら活動している。


ピアサポーターの主な取り組みは、長期入院患者との退院に向けた交流や、退院後の患者への訪問支援。患者は、薬の副作用や退院への精神的負担などを実際に体験したピアサポーターと接することで、医師らには言いづらい本音を語りやすくなるという。これまでに同センターのピアサポーターが支援した入院患者は40人で、このうち30人が退院し、地域に定着した。


ピアサポーターの柳さんは、大学院を出て、大手メーカーの研究開発員として勤務していた26歳の時、「寝る間もないほど働き続けた」ことで体調を崩し、統合失調症を発症した。その後、数度の入院を繰り返し、薬物治療などで病状が徐々に改善。そうした中、「自分の経験を人の役に立てたい」と考え、ピアサポーターになった。


柳さんは「精神障がい者にとって孤立することが一番苦しい。病気を経験したからこそ分かる。自分の体験を話したりして、利用者が元気になる姿を見ると、私も元気になる」と話す。


また、同じくピアサポーターの男性(45)は、仕事を辞めた20代後半からひきこもり状態となり、昼夜逆転の生活に陥った。深夜にうろつく姿を目撃した近所の人から警察に通報されたこともあり、入院することに。退院後、親戚宅に身を寄せながら社会復帰をめざすが、再び入院。その際、初めて統合失調症と診断されたという。


男性は「あのとき通報されていなかったら、今の自分はない。自分の居場所ができ、しかも、自分の経験を生かせることに、やりがいを感じている」と語る。


同センターの木下所長は、「ピアサポーターの存在は、患者本人だけでなく家族にとっても、希望を持つきっかけになる」と強調。「現状では統合失調症の人だけを対象にしているが、うつ病や発達障がいなどの人も対象に広げられるよう、多様な人を雇用していきたい」と話す。


一方で、患者でもあるピアサポーターのケアや、雇用拡大への財政的な支援といった課題もある。木下所長は、「患者が退院したいと思える地域をつくらないといけない。精神障がい者に対する正しい理解を広め、患者が住みやすい地域づくりを進めていくことが欠かせない」と訴える。


退院促進へ期待高まる


ピアサポートは、身体障がい者や難病患者の「友の会」、アルコールや薬物中毒の自助グループのほか、教育現場など、さまざまな分野に広がっている。


精神保健福祉の分野では、厚生労働省が2014年に発表した指針で、「ピアサポートの育成や活用を図る」と明記され、後押しする動きが出始めている。


長期入院者の中で、条件が整えば退院可能だが、受け入れ先がないため入院を余儀なくされている「社会的入院」の患者は7万人にも上る。


こうした人たちの社会復帰を積極的に手助けするピアサポートへの期待が高まっている。

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