e「語る」  阪神・淡路大震災から20年

  • 2015.01.16
  • 情勢/社会

公明新聞:2015年1月16日(金)付



"助け合う心"が国を守る

重い教訓生かし防災・減災を最重要政策に



ひょうご震災記念21世紀研究機構理事長

五百旗頭 真氏



6434人の尊い命を奪い、24万9180棟の住宅が全半壊した阪神・淡路大震災から、あす17日で20年を迎える。当時、兵庫県西宮市の自宅で震度7の激震に襲われ、家屋が全壊した被災体験を持つ五百旗頭真・ひょうご震災記念21世紀研究機構理事長が、「大震災から20年」について語った。
=関西支局特別取材班 


震度7の恐ろしさは体験した者でないと分からない。20秒が2分にも3分にも感じられた。私は、横に寝ていた小学生の末娘をかばうことしかできなかった。揺れが収まったころ、「パパ、重いよ」とむっくり起きてきた末娘の声で、われに戻り、あの激震の中でも眠っていられたのかと、感心したことを覚えている。


自宅が全壊となり、娘たちと妻は広島県の知人宅のご厚意で"疎開"させていただいた。こちらが恐縮するほど親切にしてもらい、娘たちが広島で元気に登校する姿を見て、思わず涙があふれた。「被災地を広島の人、全国の人が支援してくれている。独りぼっちじゃないんだ。このような人々がいるから、この国で生きていくことができるんだ」と実感した。



公明の後押しで実現した被災者の声



実はこの経験が原点となって、東日本大震災復興会議の議長に就く際に、「決して一人の被災者をも見捨てない」と深く心に期すことができたのだ。


阪神・淡路大震災の復旧では、公共物の復旧事業には国費を投入するが、がれきの撤去を除いて「持ち家の再建は個人で」というのが政府の方針だった。被災者にしてみれば、自分に瑕疵があって壊れたわけでもないのに、「個人の持ち物に国費を投入することは憲法違反」とまで言われた。被災地・神戸では、こういう時こそ国がやるべきではないかと運動を起こしたものの、その時は実を結ばなかった。


しかし、震災から3年後に、「被災者生活再建支援法」が公明党の強力な後押しもあって議員立法で成立した。被災者の主張の正当性が認知された瞬間でもあった。当初は全壊世帯などに最高100万円を支給する形でスタートしたが、今では最高300万円にまで拡充されている。


地殻変動のサイクルから見て日本列島は、災害の活性期に入ったと指摘されている。首都直下地震、南海トラフ巨大地震は起こり得るものとして、正しく恐れて適切に対処しなければならない。


阪神・淡路大震災から20年、東日本大震災から3年10カ月ほどがたつが、災害が頻発するこの国で、「明日はわが身」との助け合いの精神が広く行き渡り、防災・減災対策が国を挙げての最重要政策の一つに押し上げられることを望みたい。それが二つの大震災の重い教訓を生かすことになろう。




* 1943年、兵庫県西宮市生まれ。公益財団法人「ひょうご震災記念21世紀研究機構」理事長。熊本県立大学理事長。神戸大学法学部教授、防衛大学校長などを歴任。東日本大震災では内閣府復興構想会議議長を務めた。

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