eコラム「北斗七星」

  • 2014.10.16
  • 情勢/社会

公明新聞:2014年10月16日(木)付



小紙文化欄(8日付)で東京都江戸東京博物館学芸員の行吉正一氏は、1964(昭和39)年に日本が「東京オリンピックと新幹線」という偉業をやり遂げたことを「奇跡にも思える」と称賛した。戦後19年目のことだった。焼け野原から急成長した日本の頑張りに、行吉さんは"金メダル"を贈ったのだ◆今、同館で二つの偉業を展示中だ。場内に流れる三波春夫の「♪あの日ローマで~」の歌声を聞きながら競技などの展示パネルに目をやれば、昭和を生きてきた世代には当時の苦労や喜びが蘇ってくるだろう◆スペースは狭いが、オリンピック閉会後に行われたパラリンピックの展示も必見の内容である。「パラリンピック」という言葉は東京大会で誕生した。パラプレジア(脊髄損傷などによる下半身まひ者)とオリンピックを合わせた造語である◆車いすを使う人たちのオリンピックで、64年には日本を含め世界から総勢400人以上の選手が参加したが、大差の試合後であっても互いの健闘を称え固い握手を交わす選手たちの笑顔がいい。やり投げや砲丸投げ、円盤投げで1メートルでも1センチでも遠くに飛ぶようにと必死になって車いすを支えるボーイスカウトの表情も胸に迫る◆感動の閉会式を報じた新聞の見出しにあった「勇気と自信」は50年後の今も生きている。(流)

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